NO.83

2009年11月 『ピロリ菌の話』
    東成区医師会副会長 飯盛 幸雄
 

 ピロリ菌は1980年にオーストラリアの病理専門医ウオーレンと研修医マーシャルが発見 しました。この菌は胃潰瘍・十二指腸の原因であり最近では胃癌との強い関連性も明らか になり、ピロリ菌の除菌治療は今日の潰瘍の基本治療であり、胃癌発症予防のためにも頻 繁に行われています。ピロリ菌の正式名はHelicobacter pyloriという綴りですが、 pylori(ピロリ)の名は胃の出口(幽門:ゆうもん)を意味する「pylorus」から来ており、 この菌が胃の幽門部に多く見つかることに由来しています。ピロリ菌は、長さは4ミクロ ンで2〜3回ゆるやかにねじれて片側に4〜8本のべん毛をもつ「らせん菌」です。
 胃は消化するために強い酸性の胃液を出しています。胃の酸度はpH1〜2です。4以下で はピロリ菌は生きられません。生きられるのはピロリ菌自身がウレアーゼという酵素を産 出するからです。この酵素は胃の中の尿素という物質からアンモニアを作り出すのです。 アンモニアはアルカリ性です。このアンモニアが胃酸を中和するのです。ピロリ菌は自分 の周囲に中性に近い環境を自分で作り出して強酸性の胃の中で生きているのです。ピロリ 菌が発見されるまで、そんな強酸度の胃の中に住める細菌などあるはずがないという考え 方が長い間伝統的に存在していました。この考えを覆した偉大な発見に対して2005年ノー ベル医学・生理学賞がウオーレンとマーシャルに授与されました。この発見に至る色々な 苦労話や逸話があります。ウオーレンは胃粘膜の炎症細胞浸潤などの病理組織的胃炎の存 在に注目し、その原因として細菌感染を強く疑っていました。そして従来の染色法では十 分に確認することが困難なため、最終的にスピロヘーター染色用の染色法にて黒く染まる らせん状の細菌が胃粘膜上皮の表層に高頻度に検出されることを発見しました。次にこれ を培養して確認する必要があります。ウオーレンは周囲に協力してくれるスタッフに探し ましたが、誰もこの事実を信じてくれませんでした。丁度その時、消化器内科の研修を始 めていたマーシャルがこの研究に興味を持ち積極的に協力して臨床研究が開始されました。 最初の34例までは諸種の培養条件を変えても研究は全く成功しませんでした。35例目は丁 度イースタ祭の休日が入ったため、培養器に4日間放置されてしまいました。翌日職場に 帰った所、直径1mmの透明なコロニーを発見したのです。つまり培養時間が4日以上必要 であったのです。次に豚などの動物を使ってピロリ菌感染そのものが胃炎を発症すること を証明する実験を開始しましたが、なかなかうまくいきませんでした。窮地に立ったマー シャルは自分自身でこの細菌を飲むことを決意し、ピロリ菌を30mLのペプトンスープと ともに服用しました。1週間後の早朝、激しい吐き気とおう吐を繰り返し、内視鏡で急性胃 炎の所見が確認されピロリ菌の感染も確認されました。ここで読者は細菌学の父といわれ るコッホの提唱した「コッホの四原則」を学校で習ったのを覚えておられますか?
1)その細菌が常にその病変部に存在すること。2)その細菌が病変部から純粋培養され ること。3)その細菌を動物に接種することで同様の疾患を再現出来ること。4)同じ細 菌が動物の病変部から分離・培養されることです。ウオーレン等はコッホの四原則をすべ て満たすことによって胃にピロリ菌が存在すことを立証したのです。